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中山由美 プロフィール中山由美(なかやまゆみ)朝日新聞記者。千葉県船橋市生まれ。 1993年、朝日新聞入社。青森支局、つくば支局、外報部、社会部を経て、現在、科学グループ員。外報部時代には、2001年9月11日の同時多発テロ実行犯の生涯を追って、ドイツや中東を取材。長期連載「テロリストの軌跡」(2002年度新聞協会賞受賞、単行本は草思社)の取材者のひとり。2003年11月〜2005年3月、第45次南極地域観測隊に同行して越冬。昭和基地から1000キロ離れた内陸へ雪上車で1カ月かけて遠征し、標高3810メートルの極寒のドームふじ基地で暮らした。女性初の観測隊同行記者で、ドームふじ滞在も女性は初めてだった。著書に「こちら南極 ただいまマイナス60度」(草思社)、「南極ってどんなところ?」(朝日新聞社)。 夜の闇の中、一歩一歩足を進める。目指すは標高4,509メートル、パプアニューギニアの最高峰ウィルヘルム山だ。ふと顔を上げれば、先ほどの大雨はいつしかあがり、数え切れないほどの星々が私たちを見下ろしていた。すぅーと流れ星が夜空に弧を描く。息を整えながら、見上げる度に、ひとつ、ふたつ……8つを数えた。折しも、ペルセウス座流星群が空を舞うときだった。 でも山の好天は都合よく続かないものだ。積み重なる岩場が勾配を増していくころ、私たちは霧の中にいた。冷たい風が吹き付けるなか、凍える手を岩に伸ばしてよじ登る。やっと着いた!山頂だ!といっても、小さな岩のテーブルに立つ看板一つが見えるだけ。震えながらシャッターをきると、あわてて下山した。 楽しみにしていた朝日も、山頂からの展望もない。でも、小さな発見や楽しみは足元にあった。小さな草花が風に揺れている。こんな高所でもしっかりと大地に根をはっている。4,000メートルでもなお、緑豊かな山並みが広がる。さすが赤道に近い島だ。湖から流れ落ちる滝の音と、傾きかけた日差しが涼しさを呼んだ。 うっそうとした森と湖、岩肌、鮮やかな花々、鳥のさえずり……変化に富んだ3日間の山道を、さらに楽しませてくれたのは、一緒に歩いてくれた地元の人たちだった。不思議なもので山麓の集落から集まった、男性たちがガイドを、女性たちがポーターを務める。重たいザックを頭や肩にひっかけ、「大変そうだな」と私たちが心配するのをよそに、軽い足取りで先を行く。追いつくと、女性たちは草で編んだ冠を頭に飾り、歌いながら一休みしている。私たちの一行も一人、二人とその輪の中に入って笑い転げた。 登山口と町を結ぶドライブも鮮烈だった。未舗装道を6時間、狭い四駆車の中で座席にしがみついていても、何度も頭をぶつける。苦行のような車内なのだが、窓の外を目にすると、思わず心が癒される。砂煙をあげて走り過ぎる私たちの四駆車に、若者も、老人も、だれもがうれしそうに手を振っている。時には子どもたちが歓声をあげて追いかけてくる。車を停めて、デジタルカメラのシャッターをきる。撮影した画像を液晶画面で見せると、子どもも大人も興味津々のぞきこんで、「うわぁ〜!」とはにかみながら笑う。私たちの顔もついほころぶ。猪のようなブタが、年配の女性になでられながら、ペット犬のように気持ち良さそうに寄り添っていた。 それにしても、“忙しそうな人”の姿が見あたらない。あちらでもこちらでも地べたに座りこんで、おしゃべりしている。道路工事の現場で動いているのは半分くらい。あとの半分は腰を下ろしている。大風が吹けば吹き飛びそうな、草を編んだ屋根の小さな家に住み、金銭的には決して豊かでないはずなのに、物乞いする人も、土産物をしつこく売ろうと迫る人もいない。野菜や果物の畑が広がる農村で、人々はゆったりした時間を享受していた。 この山旅には、素敵なおまけがついていた。小島で過ごす1泊の“プチリゾート”だ。ポートモレスビーに着くと、波音をBGMに南十字星が輝く夜空をながめながら、小船でロロアタ島に渡った。ネパールやペルー、そしてキリマンジャロと、海外トレッキングはいくつか経験してきたが、1週間から10日ほどの休みで、ダイビングまでできた所なんてなかった。真っ青な珊瑚礁の海に潜れば、太陽の光がきらきら降り注ぐ。指先ほどの小さなタツノオトシゴ、ピグミーシーホースが、自分と同じ模様と色の珊瑚にしがみついている。ダイバーたちが一斉に何かにカメラを向けている。海藻の塊かと思えば、ボロカサゴだ。珍しい魚たちにも出会える極上のダイビングスポット、なんとも贅沢な気分だ。 豊かな自然と、人々の素朴さ、のどかな暮らしにたっぷり触れた旅だった。 東京の雑踏に戻り、ストレスの多い毎日が再び始まった。でも、空港で会った裸足の女性を思い出すと、なぜか心がなごむ。ゴロカからポートモレスビー国際空港に着くと、ターンテーブルの上に流れてきた荷物をひょいと肩にかけ、にっと微笑んで、ぺたぺた歩いていった。編んだ袋からのぞいていたのは大きなキャベツ3個――。日々の忙しなさの中、忘れてかけている心のゆとりを思い出させてくれる、パプアニューギニアにはそんな空気が流れていた。 |