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「フリースクール英明塾」代表 NPO法人「総合教育センター」理事長
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水中写真家
大方洋二さん

匠が語るパプアニューギニア 写真家 横塚眞己さん

横塚眞己人 プロフィール

横塚眞己人(よこつかまこと)1957年、横浜市生まれ、写真家。日本写真家協会会員。  大学卒業後、雑誌「マリンダイビング」の編集者を経て、82年フリーランスのカメラマンとなる。85年より、今まで誰も撮ったことのないイリオモテヤマネコの親子写真に挑戦するため、沖縄県の西表島に移り住む。以後イリオモテヤマネコを求めフィールドワークを続け、90年、念願の親子の撮影に成功する。後にナショナルジオグラフィック日本版創刊号に掲載された。その後もイリオモテヤマネコと並行して、「生命のつながり」をテーマに幅広い撮影活動を続ける。  94年、西表島での撮影活動に一区切りをつけ、横浜に引き上げる。現在は、日本国内のみならず海外にフィールドを広げ、北極圏から赤道まで、主に自然、旅、人をテーマとして精力的に撮影活動を続けている。  さらに、イリオモテヤマネコに続くライフワークとして現在は「林冠」をテーマに取り組んでいる。ボルネオ島やコスタリカなどの熱帯雨林へ精力的に通い詰め、ロープ一本で大木へ挑み、樹上50メートルの世界にレンズを向けている。

2003年5月、人気番組「情熱大陸」に出演。
横塚眞己人のホームページ http://www.yamaneko.biz

【著書】
「生命のふるさと ボルネオの熱帯雨林」福音館書店
ガイドブック『イリオモテ島』 新日本教育図書
文庫本『西表島ヤマネコ騒動記』 小学館
写真集「いりおもて 海と森と人と山猫」 小学館
写真集『イリオモテヤマネコ』 ブロンズ新社
西表島フィールド図鑑 実業之日本社
CDロム『マルチメディア沖縄亜熱帯図鑑』アスキー共著。

         

横塚眞己人パプアニューギニアギャラリー

子供の頃憧れの地だったのが、アマゾン、ボルネオ、パプアニューギニアだった。写真家という職業に就いてから、幸運なにもいずれの地をも踏むことができたのだが、3つ中で一番最後にクリアしたのがパプアニューギニアだった。熱帯雨林をさんざん経験したあとだったこともあり、天にも昇るような喜びは正直感じなかったが、逆に言えばそのお陰でパプアニューギニアの自然や文化をより深く見ることができたのは、よかったのかもしれないと思っている。

ボクの写真のジャンルはおもに自然で、動物や植物、風景、水中、樹上、環境問題、エコツールズムと幅広い。ところが、パプアニューギニアでは、おもに人間を撮ることが多かった。自然写真をはじめた頃は、人間にレンズを向けることなど皆無だった。単純に自然にしか興味がなかったからだ。しかし、世界を旅して人とふれあいながら自然に触れていく間に、自然の中で暮らす人々に興味を持つようになっていった。ちょうどその時が、パプアニューギニアの旅とかさなったというわけだ。

ボクは2004年から3回しかパプアニューギニアを旅していないが、もっとも印象に残っているのは、ポンポメリー村へ行ったときだった。その村までは山岳の街・ゴロカから3000m級の山越えをして村まで歩いていくのだが、その行程もさることながら、奥地の村の人々の暮らしに触れることができたのは、貴重な体験だった。例えば、村にはいると、シンシンという踊りを披露して歓迎してくれるのだが、それがまさに文化財ものなのだ。シンシンは、パプアニューギニアを旅すれば、観光地であればだいたい目にすることができるものだ。そういう場所では、本来の歓迎の儀式というよりは、観光客に対するアトラクションと化している。この国の観光産業を考えると、別にそれは悪いことではないのだが、民族博物学的な見方をするとそれは寂しいものになる。つまり、ボクはポンポメリー村で、民族博物学的なシンシンを体験したわけだ。

村人は、みんなフレンドリーで、旅人である私を快く迎えてくれた。そして、我が人生の中で、もっとも驚くべき名誉な体験をここでした。滝を1つもらったのだ。誤解がないように説明すると、滝の所有権ではなくヌルタイ・スピリット滝という名前の滝が、その日をもってYOKOTSUKA MAKOTOウォーターフォールと改名されたのだ。
日本から直行便でわずか5〜6時間のところに、そんな世界があるというのは驚きだった。パプアニューギニアの旅はいつも驚きの連続。次はどんな体験が待っているのか楽しみにしている。

YOKOTSUKA MAKOTOウォーターフォール