パプアニューギニアの本棚
パプアニューギニアとは
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ニューギニア航空イメージ

人と自然が共に生きる「地球最後の楽園」
日本から南へ飛行機で6時間20分、パプアニューギニアは、世界で2番目に大きなニューギニア島の東半分を含む約600の島々からなり、日本の約1.2倍の広さをもっています。また本島の中央には4000m級の山脈が東西に連なるダイナミックな地形をもつ国です。

この地には3万年前から人類が生活をしていたといわれ、現在も500以上の少数部族に分かれて各々の伝統文化を守りながら生活をしています。公用語は英語で、その他植民地言語のピジン語が共通語として使われています。一般に海辺の人々は海を糧に平和的でのんびりと生活しており、南太平洋のイメージそのものですが、山岳地域に住む民族は、厳しい自然環境と土地(領地)への固執のため闘争的な一面をもっています。

パプアニューギニアの代表的な民族文化である「シンシン: Sing Sing: パプアニューギニアの民族舞踏の総称」も、海辺のシンシンが女性を含めて和やかに踊るものが多いのに対して、山岳民族のシンシンには男だけで士気高揚するための戦いの踊りが代表的となるのも、そのような部族の特色をあらわしています。

気候は熱帯モンスーン気候で、雨季(11月〜4月)と乾季(5月〜10月)に大別できます。
年平均気温は、沿岸部で昼35℃〜夜24℃、高地部では昼28℃〜14℃。
雨は雨季・乾季に分かれているにもかかわらず、地域によって雨の時期がずれています。
また年間降雨量も地域によって1200〜9000mmと極端に差があります。
しかしパプアニューギニアは、1年を通じて、蒸し暑さはあまり感じず、夜も気温が下がるので快適にお休みいただけます。
19世紀の後半にはドイツが、ニューギニア島北東部(「ニューギニア」と呼ばれた地域)とニューブリテン島、ニューアイルランド島を植民地とし、また南東部をイギリスが植民地とし、この地域は「パプア」と呼ばれました。1906年にオーストラリアが英領パプアを引継ぎ、又第一次世界大戦の結果、ドイツ領ニューギニアも併合され「パプアニューギニア」と呼ばれるようになりました。そして第二次世界大戦での日本軍と連合軍の激戦を経て、1975年、英連邦の一員としてパプアニューギニアが独立を宣言しました。

古くからヨーロッパ、オーストラリアに統治されていたパプアニューギニアでは、現在も白人中心のビジネスが盛んです。金や銅などの鉱物採掘、森林の商業伐採、近海のマグロやエビ漁などが代表的な産業です。また農作物としては、植民地時代からのプランテーション農業(大規模農業)によるパーム椰子の油や、ゴロカを中心に高地で栽培されるコーヒー豆が多く海外に輸出されています。
また、 日本は最大の貿易相手となっています。

パプアニューギニアは、手付かずの自然があふれる島です。熱帯雨林のジャングルには珍しい動植物が多く生息しています。

動物ではオーストラリアと同様、有袋類がおり木登りカンガルー(クスクス)や、ワラビー、ハリモグラやアリクイもいます。鳥類では、国鳥の極楽鳥をはじめ、オウギバトやダチョウの仲間のエミューに至るまで700種以上、昆虫では、世界最大のアレキサンドラ・トリバネアゲハをはじめ5万種以上の昆虫が生息しています。植物では、蘭の種類が豊富で、高地、低地合わせて約3000種以上に及んでいます。

また陸上だけでなく水中も生物の宝庫です。豊かなサンゴ類に彩られた海には、さまざまな回遊魚が群れ、小型の貝類、ウミウシから魚類、イルカやクジラ、シャチそしてジュゴンといった哺乳類まで、多彩な生物を楽しむことができます。

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